katakuruの日記

しゃべり下手のおじさんが、太らない習慣を手に入れた方法を干からびるまで絞り出します。たまに育児を筆頭にした雑感も愛を持って書きます。

ブログ3ヶ月神話は確かに存在する

ブログを継続するのは、まず2ヶ月とか3ヶ月が壁になる。という記述をよく見ます。この頃まで続けているとアクセス数が莫大に増えるとか、検索流入が大幅に増えるとか、収益が少しでも出始めるとか、続けてれば報われる!という喜びの記事をブロガーは書くのでしょう。

 


しかしその時期になって結果に表れない人だっています。だから3ヶ月ぐらいを境にやめるか続けるかに分かれると。

 


良い結果が出ずブログをやる気になれなくなった人が、その事をわざわざ記事にするかというと、しないでしょう。

だから続けてて良かった、これからも続けていきます、皆さんもとにかく更新し続けてみてください、という記事だけが世の中に残るし、よく読まれます。

そもそも生き残っている人がアクセスを集めているわけだから、結果を出したことを書いた記事しか検索にヒットしないはずです。

だから、続けてればいい事ある勢の方が本当は少ないはずなのに、ブログを始めようとする人は勇気をもらってしまいます。

 


2ヶ月でやめる人が多いのは、2ヶ月で結果を出せる人が多いと思っていることで逆に現実を見てしまうからでしょう。これがブログ2ヶ月神話の真相かと思います。

 


どの程度の期間で自分のブログが良い傾向に向かうかは自分次第だと思って気長にやることをお勧めします。私はそうします。

 


習慣づけたいなら気負わずに、というのがモットーでやっております。

 

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糖質依存日記 【糖質大量摂取は中断(体調悪化)】

糖質依存日記中断


意識して間食を摂って糖質に依存していく様子を肌で感じてみようと思い糖質を多めに取り始めて3ヶ月ぐらいになります。

 
最近ちょっと体調が悪くなってきました。そのためそろそろ元の習慣に戻そうと思います。

目次

んで、糖質依存する感覚は分かったのか?

私が自分に感じた変化は以下のようなものでほとんど精神的なものばかりです。

心の変化

  • 間食を極力しなかったころよりも確実にお菓子に手を伸ばすことに抵抗がなくなった。
  • コンビニで普通にチョコのコーナーを探している。
  • お腹減ったら満たす 的な考えになっている。
  • 空腹感を完全に嫌いにはなっていないがおやつで満たすことに抵抗がなくなった。
  • 小腹が空いた時とか食事を選ぶ時、満たして満足する想像しかしなくなった。満たすことの不快感を想像しなくなった。
  • 3食の食事でも、お腹一杯にすることが多くなった。

 

 

体重などの変化

 体重は、思い出した朝に測る感じでしたが、56.4kgが最高。始める前は54.7kgなので3ヶ月でプラス1.7kgです。

これをどう見るかですが、1年で2kgずつ落としてきた私としてはかなり目に見える増え方だな、という感じがします。

 

体脂肪率は、始める前は14.0%ほどだったのが、13.7%ということで、何故か減りましたが誤差の範囲だと思います。腹筋の凹凸がはっきり見えなくなったなという印象があるので脂肪ついてる感じがしましたが…。脱がないと見た目はほとんど変わらないと思います。

 

体調の変化の方が数値の変化より著しいという印象です。

体調の変化

 

  • 昼下がりに頭がボーっとする。
  • やる気がなくなる。
  • 寝っ転がりたくなる。
  • 首の後ろがふわふわする。
  • 頭が痛くなる。
  • 脚(スネ)の筋肉がムズムズするような違和感が一日中続く。

 

これらは、

 

  • 昼ごはんでたくさん食べちゃった。
  • 午前中に間食しちゃった。

 

こういうときに特に起こったように思います。私の場合午前中にポテチ間食したときの昼3時ごろのだるさと頭痛が一番辛かったです。

 


 仕入れた色々な知識と合わせると、低血糖気味の症状かなと感じました。

 

今後は糖質制限をして健康習慣を取り戻す

糖質依存日記

少し意識して糖質制限をし低血糖のだるさを解消したいと思います。糖質制限し始めたときに、より症状が酷くなったら低血糖だったと思って間違いないでしょう。

 

体重を戻したい訳ではありません。ただ自然と健康的な行動が出来るように戻したいと思います。

要は楽な健康習慣を身につけ直す方向に持っていきたいと思います。

 

しかし大事なのは続けること。

 

途中でまた糖質取りすぎ習慣に戻らないように、ゆるーく健康習慣を身につけられることを目指し気楽にやっていきます。

 

糖質依存日記としてまだ続けますが、ゆるゆる糖質制限日記としての側面も帯び始めます。

 

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【無気力、強烈な眠気、お菓子欲、不安感】低血糖かも知れません。

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  • 頭がぼーっとする。
  • 無気力になってしまう。
  • 昼間激ねむ。
  • 昼間激腹減り。
  • たまらなくおかしを食べたい。
  • 太っている。
  • ふらふらする感覚。
  • 目が回る。
  • お腹が空くと不安な気持ちになる。
  • そしてこれらの多くが決まった時間帯に起こる。

 あなた低血糖かも知れません。

症状はあっても自分には低血糖なんて関係ないと思ってしまいがちです。その理由をまずお話します。

 

 

低血糖だと疑いにくい理由

 

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 普通の検査では数値に表れない

 健康診断などの血糖値は完全な空腹時で測定するので血糖値がちょっと低いかな?ぐらいだったり正常だとしても、一日の中でその血糖状態に至るまでのことは分かりません。低血糖は健康診断などの結果には現れないのです。

 

低血糖でググっても自分とは関係ない様に映ってしまう

検索結果には糖尿病治療の副作用としての登場がほとんどで、症状に自覚があっても別の原因を探してしまいます(糖尿病治療中の人はかかっている医者に症状を話すから低血糖症を認知できる)。

 

低血糖症のこと

血糖値コントロールが上手くいかず基準値よりも下がり過ぎてしまう症状です。血糖値が下がり過ぎると身体は危機を感じ、なんとかして急激に血糖値を上げようとします。簡単に言うとこの血糖値パニック状態が低血糖症です。体にとっては相当な負担でそれが原因で鬱っぽくなったり頭が働きにくくなったりします。

 

まず正常な状態はどうなんでしょうか。

正常な血糖値推移

正常な血糖値推移

空腹時80mg/dlぐらい。

食事して最初の30分で120mg/dlくらいまで、合わせて60分くらいかけて140ぐらいまで上昇。そこから120分くらいかけて80前後まで落ち、維持。これが健康なパターンです。

 

低血糖3大パターン


なぜ低血糖になるのでしょうか。

低血糖は3パターンぐらいに分けられ、それぞれの症状の特徴があり、考えられる原因も違います。

 

【肥満・眠気・抑うつ・不安感】 超スタートダッシュ型

スタートダッシュ型低血糖症

スタートダッシュ型低血糖症

このタイプは、食べた直後から血糖値は30分で200mg/dlや250mg/dlまで急上昇。たった120分で空腹時の血糖値まで落ち、180分で40mg/dl程度まで落ち込むというようなグラフを描きます。

 

急激に下がる時間帯に、不安感抑うつ症状や、動悸手足のしびれ頭痛などの症状を示します。血糖値が極端に少ない時は脳にエネルギーいきませんから集中出来なくなったり強い眠気に襲われたりします。午後に仕事が全然捗らなくなる人は体の中でこんなことが起こっている可能性が高いです。

血中インスリン量は60分で多すぎるぐらいになります。これが血糖値の急激な降下を生み、多量の糖を一気に処理しようとするので代謝しきれず、脂肪組織に運び込んでしまい凄い勢いで脂肪がつ肥満になります。さらに血糖値が下がる際にまた食べたくなってしまいます。ただでさえ精神症状が出始める食後2時間ぐらいの時間帯に、輪をかけて糖質欲求が出てしまえばお菓子を我慢できるわけがありません。

 

このタイプの原因の共通点は、血糖値を下げるホルモンと上げるホルモンのバランスがくずれることにあります。グラフを見ると分かるように120分を超えて血糖値が下がりきっているのに大量のインスリンが出てしまう結果に表れています。さらにこれが起こる原因は糖質依存した食事です。

 


一番激しく太るタイプの低血糖症ですが、痩せ型の人にも見られます。

 


さらにインスリンを大量に分泌しなければいけないすい臓は、疲れ切ってしまいます。この延長にあるのがインスリンを出せなくなる1型糖尿病です。

 

【精神不安定】乱高下型

乱高下型低血糖症

乱高下型低血糖症



感情の起伏が激しく、周りの人が困ってしまいます。

血糖値は急激に上がって急降下を繰り返し、自律神経系は常に緊張状態です。

 

 

【疲労感・抑うつ】無反応型

無反応型低血糖症

無反応型低血糖症



一番強い抑うつ感や疲労感が強く現れます。若い人に多いタイプです。

腸に異常があることが考えられます。糖をとっても腸から吸収されづらく、したがってインスリンが出なかったりします。

インスリンが過剰に反応している状態で、血糖値が上がらないから体や脳に必要なエネルギーを作れず、強い疲労を感じてしまいます。

 

 

低血糖と判断するために病院では何をするのか

 

低血糖かどうかは血糖値の持続測定が必要です。病院で診てもらったあとの血糖値持続測定にはCGMという測定器で行うことが多いようです。これは自宅に帰った後も数日間お腹に測定器を付けっぱなしにし、10分ごとの間質液中ののグルコース血糖値を記録するものです。こらにより血糖値の時間推移を把握できます。

これは最近になって医療機器として保険適用されるようになりました。1回の自己負担は3割程度で約5000円くらいだそうです。

 

 

【ふらふら、疲労感、不安感…】低血糖を予防する生活習慣

 

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糖尿病でない人の低血糖症の予防の記述はどれだけ探しても新宿溝口クリニックの溝口徹先生のものしか見当たりません。

基本的には糖尿病を予防したり改善したりする方向で低血糖も予防することができると思って良さそうです。しかし少しだけ違う部分があります。

 

糖尿病予防と同じ方法

 

糖質をなるべく減らした食事を。

食べる順番的には食物繊維からにします。これは後で食べる糖質の吸収を緩やかにすることを目的としています。

しかしたんぱく質、脂質を極力多くとることが最優先事項。だから肉で食物繊維を摂る意識をつけ、たんぱく質と脂質が不足しないように気をつけます。

そして糖質は最後にとり、食後の血糖値の上昇を緩やかにします。

 

 

糖尿病予防と少しだけ違うこと

たんぱく質中心であれば間食を奨励するということが低血糖対策に特有です。ゆで卵やチーズやナッツなど糖質が少なくたんぱく質中心の食品で空腹を紛らわしたり、血糖値の降下を緩めて筋肉組成の栄養にします。

 

糖質制限ダイエットは正常な血糖値コントロールを利用したり、改善したりする側面を持つので、これと同じ方法で糖尿病も低血糖症も予防・改善できるということになります。

 

今までであれば自然と取っていた糖質の部分をたんぱく質や脂質に変えるという考え方です。これにより、1日の摂取糖質は100gは超えたくありません。食事においてはちょっと意識して糖質制限すれば1食35gをなんとか下回れる、ぐらいだと思います。これはゆるーく糖質制限をするという程度です。

それと血糖値コントロールを正常化する意味を合わせて、間食にはあまり糖質を取らずたんぱく質・脂質の摂取に充てたいところです。おやつの糖質は1gを目指します。

 

※実際に糖尿病や低血糖症になってしまったら、もっと厳しい制限をしなければなりません。糖質1日60g未満とか。予兆や糖質摂り過ぎの見覚えがある人は、予防の段階でゆるーく糖質制限して、習慣かしときましょ、ということです。

 

おススメおやつリスト

 糖質ではなく、たんぱく質や脂質として摂取するという意味で、低血糖改善や予防だけでなく糖質制限ダイエットにもおススメのおやつを紹介します。

ナッツ

脂質のバランスが日本人が不足しがちなオメガ3脂肪酸という油がたくさん入っているクルミや、ビタミンEたっぷりのアーモンドなどがミックスしてるものがありますね。糖質自体は少なくはありませんが、全体的にGI値(血糖値上昇度を表す)が低いので血糖値の上昇が緩やかに済むのでオススメです。

 

 

チーズ

低糖質なことはもちろん、チーズはなんていったってたんぱく質。それに腹持ちもするのでおやつにはオススメ。もう言わなくても良いと思いますが、カロリーなど気にしないこと。特に、プロセスチーズなどの固めの物は糖質が少ないです。

 

 ゆで卵

一個でたんぱく質7.4gも摂れるのに脂質0.2gという超優秀おやつ。2~3個食べてもいいですね。

ハム・ベーコン

ゆで卵と並ぶ優秀さです。なかなかおやつ顔(?)をしてないので抵抗あるかもしれませんが、生でペロペロっと食べてもよしだと思います。

ジャーキーやサラミを勧める記述などを見かけますが、糖質量が多めの商品も多いので気にして購入するのがいいと思います。

 

焼き鳥

コンビニでは焼き鳥が手に入りやすいですね。タレだと塩に比べてだいたい4倍くらい糖質が増えてしまうのでなるべく避けて2本くらいたべても大丈夫です。

 

 

最後に

飢餓と背中合わせで生きていた頃の人類の名残で、糖質に満たされた食事にはかえって体調を崩される結果につながってしまいます。糖質制限は、人間にとって自然な栄養バランスに戻すだけの作業です。ゆるーく糖質を意識しているだけで生活習慣病につながりにくくなるので、症状が出てからの制限食の厳しさを味あわないですむように習慣づけていくことをお勧めします。

 

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おばさんはなぜ一人ずつしゃべらないのか?

ファミレスや公園や、電車の中でおばさんの集団を見かけたことがあるだろう。テンション高く嬉しそうに常にしゃべっている。

我々男性から見ると、会話をしているようには見えない。全員が同時に、餌を求めるひな鳥のように、口から音を鳴らし続けているだけのように見える。

 

なぜあんなにも途切れることなく全員の声が鳴り続けているのか?コミュニケーションとして成り立っているのか?

 

目次

 

なぜ一人ずつしゃべらないのか?

 

おばさん

おばさん集団のピーチクパーチクに耳を澄ませてよく聞いてみると、一応の秩序が存在するのが分かる。その時々できちんと「話し手」と「聞き手」に分かれているのだ。驚きである。

一人がしゃべり、その他は相槌している。聞き手側の数人のおばさんそれぞれが、まるで話し手かのような音量ではっきりと尺のセンテンスで相槌をしていることを、私はなんとか捉えることができた。

聞こえてくる声のほとんどが、相槌なのである。

 

 

相槌が長すぎるため

考えてみれば欧米でいうと、相手の話を集中して聞き、相槌は極力入れないというのが、相手の話の腰を折らないためのマナーという考え方がある。

おばさんのそれは真逆を行く行為である。日本人であるから、それがマナー違反だとか失礼な行為だとかは思う必要はないと思うが、これほどまでに真逆なことなのに快適に行われているのは不思議である。

 

女性の相槌はちょっと鬱陶しいこともある

 
やはり欧米では嫌われることだけあって、相槌を入れられる事は賛否分かれる。ちなみに私は、自分が話している時に相槌を入れられると、それが気になってしまい話を伝えることに集中できなくなってしまう。サンドウィッチマンやさまぁ~ずのコントなどのネタで、話をしている最中に「ウンウンウンウン」と細かい相槌を入れられ、「そういうやつ嫌いなんだよ」というツッコミを入れるのを見たことがあるが、これは大半の男性が何らかの不快感を覚えているためある種のあるあるネタのような効果で笑いを誘うのだと思う。ブレるのであまり言いたくないが、上手な相槌の女性もいる。この場合はむしろ話し手は話しやすい。

 
女性は若い人でも相槌を入れたがる。かなり食い気味に「ウンウンウンウン」がスタートし、話し手のセンテンスの大半と平行して進んでいく会話をよく耳にする。例えば30文字のセリフに対しては、後半18文字くらいはウンウンウンウンが被っている。本当に話の内容が頭に入っているのだろうかと疑問に思うが、おそらく大きなお世話であろう。コントや漫才の例の件は、日常の中に本当にあるのである。

 

女性同士の会話では否定がない

女性と男性の会話の違いとしてよく言われることがある。女性は共感が、男性は問題解決が会話のエネルギーであると。女性は会話を共感のために行っていると言え、そのためには否定していては気持ちのいい会話は出来ないはずだ。

女性が共感を示すために相槌を行っているとすれば、相槌の頻度や熱量は男性のそれより増えるのは当然だ。

 

歳を重ねると、変わってくるのか

相槌は相手が気持ちよく話せるために行うものである。

「そうですか。さぞ嬉しかったでしょう。」

「へえ、どの位続けてらっしゃるんですか。」

など、聞き手が聞きたいことを引き出すのと同時に、話し手が満足出来る会話になるように入れ込むのが上手な相槌だと思う。

しかし、おばさん方の会話を聞いていて気づくことがあった。

聞き手の相槌によって話し手の話の流れは誘導されていない。効果的な相槌がなされてないようなのだ。

「うちの孫はどうだったかしら。」

「私は昔ずいぶん前に止めちゃったわ。」

など、相手の話に沿った相槌ではあるのだが、自分の話を含んでしまっている。会話の流れによってはそれが最適な話の展開であることもあるが、流れが変わっていない以上、話し手の求める相槌ではない。そこに私が感じ取ったのは、聞き手が一つの相槌をきっかけに主導権を握ろうとしているような気配である。

その結果なのか、話し手は相槌を聞かなくなっており、全員が長尺センテンスを放ち合うだけの時間が流れる。

 

おばさんになると心理的な変化があるのだろうか。「不安感や喪失感」「自尊心」「欲求不満」など複雑な心理状態になっていて、自分本位の発言ばかりになってしまうのかもしれない。また、おばさんは経験を積んできている存在である。知識で他人に依存する必要性があまりなく自信がついている。相手の話に興味が出なくなり、自分の話をするのに熱心になってしまうようにもなるのではないだろうか。

 

おばさんになると良くも悪くも、自分が一番になってしまうのだろう。

 

まとめ

おばさんは、自分語りを滲ませた相槌によって会話のイニシアチブ奪取を企て、その自尊心により相手の話も自分への相槌すらも聞こうとしなくなるために、一人ずつしゃべらないのである。

でも悪気はない。長い年月をかけて日本を守って来てくれた自信たっぷりのおばさん方に感謝しよう。

 

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日本人は恥を飼う

恥を飼う

日本を恥の文化と表現したのは文化人類学者のルース・ベネディクトである。その記述があまりにも有名な「菊と刀」では、日本人が罪の意識が薄い扱いとしているのは容易に飲み込めないにしても、諸外国に比べ恥を重んじる行動規範であることは納得出来る。

 


どうして日本人は諸外国と比べて振る舞いが特異なのか。

 


日本人の行動を分析しようとするとどうしても考えから外せないのが恥というものの重さである。

 

目次

 

罪とは何か

罪とは何か



罪は償えばすべて消え去るのか。考えてみるとまず突き当たるのが、罪という言葉は実は頻繁には頭に浮かぶものではないということだ。

待ち合わせに遅刻をしたときに罪と思うかというと、そう大層には思わないはずである。しかし客観的に考えれば人の時間を無駄にしたわけだから、リスクを受けるはずでない人にリスクを与えた「罪」である。日常には言語的に表現すると罪ではあるが現実的には非言語的に扱われ、概念的にしか触れられないことが多い。罪は日本人にとって日常的なようで遠い存在なのだ。

日本人にとって、と言ったのは理由がある。やはり聖書の記述から精神の根本を宗教的戒律に教化されている欧米人は、罪を自らの身の回りに置いて考えるように思うのだ。

何故罪という概念が存在するかというと、何か(誰か)との約束があったからでありその破りを悔い許しを乞う、罪の贖いとはそういうものだが、これは神に人格を見ているからではないだろうか。どこか神と人を同格に扱っていることの表れのような気がしている。

日本人のような神道・仏教の精神が心に入り込んでいるとどうだろうか。罪を誰に対して悔いるかというと、集団への裏切りに対してになる。もう少し正確に言うと自我は定義できないから、裏切りは自分に対しての行為と同じである。日本人が罪を悔いるのは、何か特定の人格との対話ではなく集団とのつながり、調和の乱れを恐怖する感情からなのではないだろうか。

 

罪の排泄


許しの乞いや懺悔、告白により、「罪を償う」という表現をする。欧米諸国では自分の罪をこの世から消し去ろうとする心の動向がある。日本人にはあまり無い感覚ではないだろうか。日本人の感覚では、罪が消えるとは思ってないし消し方を知らない。消せるとしたら法的に罰されたり刑に服し罰金を払い和解することで、客観的には罪は消える。しかし心の中から消す方法はなく、前科のある人間は「過去に罪のあった人間」として得体の知れない汚れのようなものを透過して見られてしまうのが現実ではないだろうか。犯罪歴のある人間を差別する意図はは無いが、どうしても残ってしまう罪の完全な排泄の方法が日本人には無いのである。

 

罪を恥と切り離せない日本人

この罪の意識ということ、その起こりが恥と似ていることを振り返っていただきたい。社会に対する裏切りを罪とし、社会は自らを裏切った者に罪を着せる。個が社会との繋がりを絶たれる際に罪として認識されるが、これが恥の起こりと同じなのである。

恥が名誉を脅かされる際に起こるもので集団との関係性が乱れることを恐怖して感じられるものであり、罪と同化している。いや、日本人には恥の方が存在としては大きいと言えるに違いない。それは次の段落から説明する。

 

 

 

恥はずっと残る


そもそも罪は心の中に残さず消し去るべきなのだろうか。

 

その自分を苦しめ続ける恥は、心に沈殿し代謝されることがない。恥が罪と反省の思考循環を呼び起こし、エクセルの循環参照エラーのように修復を訴えるポップアップウィンドウが、ふとした瞬間に意識に飛び入ってくる。しかしこの恥を消し去る方法は、欧米のように罪と同時に滅ぼされるものではないから、日本人には見つからないのだ。

 


恥は心にとどまり常に行き過ぎた行動を制御し続け、犯罪抑止に一役買っている。

日本人は恥という自己罰システムを持つというわけだ。だから生きることとは恥との付き合いであり、罪より恥の方が存在が大きいのである。

 

 

恥のコミュニケーション

恥のコミュニケーション

恥を利用した日本人のコミュニケーションに「イジる」というものがある。このイジりが行わるる際には非常に高度で繊細な心理的空中戦が行われている。対象者の羞恥心を他の者が感じ取ることと、さらに周りの者がそれを感覚的に共有している状態が前提で、日本では比較的自然となされるコミュニケーションなのである。

人の感情を、広く感覚的に共感できている状態というのは、文化や人種が多種集まるコミュニティでは難しい。アメリカをはじめとする人種のるつぼのような社会では共感を前提とした会話は非効率的だ。だからアメリカンコメディでは日本のようにツッコミが存在しない。ツッコミはボケという非常識を訂正する立場であり行為である。人種、文化が違って感覚や倫理観も違う輪の中で常識・非常識が様々に入り混じっていては、非常識を訂正することが聴衆の認識の収束につながらず、笑いを産まないのだ。

 


話が少し逸れてしまったが、「イジる」はスタイルが違う「ツッコミ」とも言え、効果的な一言によりある程度持たれていた共通認識をさらに収束するという点で本質的には同じである。つまりアメリカンコメディの中で一生懸命ツッコんでも笑いが起きにくいことに如実に表れているように、「イジる」のも欧米では困難なことだろうと思う。

しかし、欧米でも極親しい仲間に対し「ディスる」ことがあるではないか。これはどう違うのだろうか。

「ディスる」はイジるよりも新しい言葉のように思う。2007年放送のリンカーン(TBS系列)で練マザファッカーというラッパー集団が使っていて当時衝撃を覚えた。件の言葉はこの登場がメディアとしては先駆的ではなかったか。

それは余談である。仲間に愛を持って直接悪く言うという形の「ディスる」コミュニケーションはイジるとは質が少し違うと思う。イジるは少し広い輪の中での恥の共感をエネルギーとし、極身近のあくまで戯れの言葉のやり取りの心地よさがエネルギーとなっているのがディスりである。「イジる」「ツッコむ」は調和を、「ディスる」は個を、それぞれの媒体としている。

 

 

恥を利用した「イジる」ということが欧米ではあまり起こらないということもまた、日本での恥の在り方の特異性を表しているのではないだろうか。

 

 

 

最後に

日本人の倫理観やコミュニケーションの仕方、相手の感情の感知に独特なものかあるのはこうして、恥を飼い活かしているためではないだろうか。

今でも思い出しては死にたくなる過去の恥ずかしい記憶の一つや二つ、皆さんもおありだろう。

 


忘れたいだろうが飼うしかない。飼ってその

恩恵を受けよう。

 

あなたを形作るその恥に振り回され心を惑わされるのもまた、飼い主であるあなたしかいないのである。

 

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空腹感や満腹感をお探しの方こちらです

空腹感や満腹感をお探しの方こちらです

腹八分目というのがよく分からない、とか満腹になっているのか分からない、というのをたまに耳にします。

また、逆に空腹感が分からなくて食欲はある、というのもよく聞ききます。

 
満腹に対して鈍感になってしまうのは摂食抑制が効かないということ。褐色脂肪組織がレプチンを出さない、もしくは血中レプチン濃度が高すぎて視床下部が感じなくなっているのでしょう。

 

空腹に対して鈍感なこともまた、深刻な問題だと思います。食事後、血糖値が上がり満腹感を感じている状態と、空腹状態の間に感覚のコントラストを感じていないと、食後の満足感が得られないわけです。

 

目次

 

空腹や満腹を感じなくなる理由

空腹や満腹を感じなくなる理由

一つは血糖コントロールの異常である。

 その原因は大きくは2つと考えます。

 一つは血糖値が上がっている状態を維持してしまう食生活、つまりちょこちょこ食いです。かつては、小腹が空いたら何かしらのお菓子を食べたりおにぎりを食べたりしていたのでしょう。このときはその都度血糖値を上げている状態である。昼間の間食を時間も決めずに食べたい時に食べていると空腹状態にならなくなり、血糖値が下がるタイミングがない状態が続く。体は血糖値が下がったらそれを戻そうとすべきです。つまり何か食べなさいと脳が命令するはずなのですが、その働きが薄れる。糖質依存のせいで、身体の摂食欲求を待たずして糖を欲しがるクセがつき、空腹だという信号自体が出せなくなってしまうのです。

 もう一つは血糖値スパイク。食後や食事中に血糖値が急上昇することです。早食いの癖があったり糖質の多い食事が中心だと、血糖値は急に上がります。血糖値スパイクに陥っている人は、空腹時の血糖値が正常なことも多く年に一度の健康診断だけでは気付きにくいです。

急に上がった血糖値が満腹信号を出したと思ったら血糖値は急降下。インスリンによる血糖値コントロールがうまくいくはずがありません。空腹感も満腹感も感じなくなってしまいます。

 


上記の二つとも共通して、空腹を大事にしないことで空腹感を感じなくなり、満腹感をも感じなくなっている状態です。

 

満腹感を感じなくなっている

もう一つ、睡眠リズムに原因があることも忘れてはなりません。

 睡眠が6時間以下っていう人多いと思いますが、もうちょっと寝たほうが良いです。睡眠時間が足りないと、

 

 

  • グレリンが増える→食欲が増す。
  • インスリンの分泌減る→血糖値あがる→満腹信号を出す。
  • レプチンの分泌減る→満腹感じなくなる。

 

よく見てください↑↑。満腹なのか空腹なのかぐっちゃぐちゃです。訳がわからない状態になっています。

このホルモンの異常はすぐには気づかないのでいつからか食事の量が増えてる、とかちょこちょこ食い傾向に変わってる、という事態に陥ります。

 


睡眠時間はシビアめに管理しましょう。

 

  

空腹感や満腹感を取り戻したい!

 

空腹感や満腹感を取り戻したい



空腹時間を意識して確保することだ。続かなくては意味がありませんから、2時間でも3時間でもいいから何も食べない、血糖値を上げない時間を作ることです。お菓子を食べたいでしょうが、夕飯の時間になったら夕飯は普通に食べていい訳で、無理な制限ではないはずです。

我慢すれば、お菓子を欲する気持ちの中に空腹感だって現れます。

 

空腹時間を大切にするために、以下のような記事もどうぞ。

 

 

 

空腹感や満腹感が失われがちなあるあるパターン

我慢

1.前日の夜に暴食した翌朝

このパターンはむしろ空腹感が増すことが多いです。しかし空腹でないはずなのに空腹感を感じてしまうのが怖いところ。その空腹に身を任せて食べてしまうと、満腹感を感じにくくレプチン感受性崩壊(いくら食べても食べ足りない)状態に陥ってしまいます。

この場合、朝ごはんと昼ごはんのわずかな間の間食を呼んでしまいます。そのため昼の満足感も薄れてしまいます。

 

2.昼食後に間を空けずに甘い物

血糖値が落ちようとしません。甘い物や炭水化物は一口食べると次の一口を欲してしまいます。罪悪感や満腹感を感じさせずに次の一口欲を連鎖し、夕食までの間にちょこちょことつまんでしまう食生活になってしまいます。満腹感も感じないし、空腹感の実感もイマイチつかめない状態になります。

 

3.夜ふかし・不規則な睡眠

夜ふかしすることが睡眠不足につながれば、これは先述のとおりで満も空もめちゃくちゃになります。飲み会などで飲み食いしながらの夜ふかしになれば尚更です。夜ふかしはせめて一回だけにして次の朝遅起きにせず、リズムを取り戻せば大丈夫でしょう。

徹夜はまず間違いなく何か夜食を食べてしまいますね。夜食は、普段12時間以上の空腹の時間を過ごす夜中に腹ごしらえをするということになります。実はこれだけではさほど体内時計に狂いが生まれないそうです。しかしそれ自体が不規則なリズムを生んでしまいます。これはレプチン受容の鈍化を生みます。

実際私も、不規則な生活をしていたころは自分の食欲のリズムなど気にすることなくお腹がすいたら食べるという生活になっていました。一日何食というカウントが出来ないぐらいだったと思います。

不規則な生活は空腹・満腹に疎くなる直接の原因なわけです。

 

4.早食いぐせ

急いで食べると満腹中枢が刺激されるまでの時間が短くて量を食べてしまう、ということも言えますが、それに加え満腹中枢が刺激される時間自体が短くなってしまいます。つまりすぐに摂食命令を出してしまうというわけです。

ちなみにその時にはおそらく既にインスリンは脂肪細胞に糖を運んでしまっています。短時間で血糖を上げちゃうもんだから血糖が余っちゃって、脂肪は出来上がってしまっています。そんなことを想像して、ゆっくり食べるようにしましょう。

 

最後に

空腹感を少し気持ちいいと思っている私は、食事後の満足感とのコントラストを自然と大事にしています。腹八分目や空腹時間確保を習慣にしたいところなので、空腹マネジメントは非常に重要と思っていただきたいです。

これはダイエットとしてやることが簡単なのです。

 

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水ダウに見た罪の常習化のテンプレ

最初は一回きりのつもりだった。一回手を染めると二回目に手を掛けることの罪悪感は極端に薄くなり、三回目に罪は肥大化し、頻度と重責度は雪だるま式に増す。犯罪の常習化の典型である。

 

水曜日のダウンタウンは攻めた企画が多いが、我々に罪悪感の何たるかを思い出させてくれることがある。かなり前に放送されたものであるが私にとっては記憶に新しい。

 

 

 

水曜日のダウンタウン「一週間生活、目を離したら他のもの食べちゃうんじゃないか説」を検証を検証 

無表情のお茶の間

バイきんぐ西村氏、ジャングルポケットおたけ氏、カラテカ矢部氏を実験(ドッキリ)対象とし一週間の食品を強く制限し、スタッフの目を離した隙に制限外の食品を食べてしまわないか観察するものだ。

 


もっとも興味深い結果になったのはバイキング西村氏である。川で採れたものだけで一週間過ごすという制限が彼に充てられたのだが、冷静に見て達成はかなりの難易度だと思われる。ペットボトルの水だけはクーラーボックスから取って飲んで良いとされるが、中には揺さぶりのためのアイスやバナナが混じっている。

 

初めは西村氏にもしっかり良心があった。間違いなく目に入っただろうが、水だけを取り出しクーラーボックスは閉めた。

しかしアイスが気になった彼はまたクーラーボックスを開け、キョロキョロと辺りを見回しながらガリガリ君を平らげてしまった。

休憩としてロケバス内に一旦入るがそこで目に入ったおにぎりなどを「めっちゃあるじゃん。喰っちまおう。」と独り言を言い食べてしまった。

最初は川で採れたものだけで過ごすルールの中で行動し、たとえルールを逸脱するとしても心の痛みはあったのに、ものの数時間で誰のか分からないものを盗んで食べるようになった。さらに彼からしたら赤の他人という認識であるはずの仕掛け人のバーベキュー肉を勝手に盗んで食うという、窃盗まがいのことにまで手を染めるようになってしまった。手口はどんどん大胆になっていくのが分かった。

偽の一週間のサバイバル企画だったが1日足らずで結果は出てしまった。

 


ジャンポケおたけ氏は、トマトだけで一週間過ごすものであった。トマトは調理しても良いルールなので難易度は易しいほうだと思う。そのため、罠としてお菓子やアイスなどを目につくところに置いておいてもおたけ氏は順当に誘惑をつっぱねていく。とはいえ、一人で調理するシーンなどは定点で撮られていることは本人も分かっているはずで、企画中の楽屋などでも神経を研ぎ澄ませているだろうからその場で食べ物の誘惑に勝つことはなんら見上げたものでもない。そこに来てダイエットと銘打っている企画であれば、結果に響かせる訳にいかないという使命感もあり、企画は意地でも順当に継続することを選ぶはずである。

しかし、挑戦も残り数日になって地方のライブ打ち上げ時にのどぐろの煮付けのようなものの誘惑についに負けてしまった。経緯はこうだ。

 

のどぐろの煮汁にトマトを浮かべ、トマトを食べた。

その流れで一口煮汁をすすった。

タガが外れたのか急にのどぐろを掻き込んで食べてしまった。

 

この二者の様子を見て共通点を見た。

 

  1. 罪は初めはセーフかアウトかギリギリのところを狙って犯される。とはいえアウトである。
  2. その際、自分でもアウトであることが分かっている
  3. この時点でそれまで守ってきたルールに価値がなくなっている
  4. 一旦タガが外れた本人が次に犯す罪は大胆になる

 

犯罪がエスカレートしていき常習化するまでの心の動きが凝縮されて、水曜日の夜にお茶の間に流れたのだ。

 

この企画は引っかかること店が多いのも事実で

この企画は引っかかることが多いのも事実

この企画はヤラセなのか?

またこの企画に対して少し引っかかることがもう一つある。

これを言ってしまうと話がブレてしまうのだが、この企画にヤラセっぽい雰囲気を感じてしまったのだ。これは私だけではないと思う。

 


おたけ氏も西村氏も、独り言がデカすぎる。まあギリギリおたけ氏の独り言は説明がつく。彼の独り言は結局トマト以外のものを我慢する道筋の中にあるため、「どこかで見ているかも知れないスタッフ」に聞こえるように発されていると考えられるからである。

しかし西村氏は独り言を放った上でロケバスのおにぎりを食べてしまう。これはヤラセか単純に独り言がデカイ人なのかどちらかである。

念のため言うが「ヤラセじゃなくて演出」論もノーサンキューである。演技が下手(だとして)でヤラセに見えたら演出としても失敗なのだから。

 

しかし西村氏もおたけ氏も元々演技の腕は悪くない。これがヤラセだとすると、独り言の演技が彼らとしたことが下手過ぎるし、その割にネタバラシしたときの演技が最上級に上手すぎる。全てがバレたときの苦笑いと照れ笑いと焦りが混じった表情を演技で出せたとしたら相当な技術である。おたけ氏にも同じように言える。

 

この企画によって西村氏は相当クズ扱いを受けたようである。バレなきゃOKのハードルを軽く超えてしまい、最後に犯した罪は本人の意識上は一線を超えているからである。さらにネタバラシ後の「ずりー!」という発言も責任転嫁の常習の証であり人としての未熟さを露呈している。

しかしおたけ氏も前半の日常シーンや楽屋などは、ルール逸脱こそしなかったとはいえバレなきゃOK意識がなかったとは判断できない。見られている意識があったからだ。

 そしてやはり見逃せないのが、ダイエットの検証と聞かされているのにたった一週間も守れないのか、ということだ。

 

仕事をなんだと思っている 

彼らは芸能人としての驕りがあるだ。彼らが芸能人だからその検証企画の仕事が舞い込んだのである。同条件の一般人や他のタレントとは差別化され付加価値を見出されて仕事が入るのであり、他に流れることもあり得た仕事を成し遂げられないのなら、潔く断って他に譲らなければならないところである。彼らの普段の仕事ぶりは知らないが、この一件で仕事への不真面目さとか失うもののなさとかを感じ、これまでもポンコツ扱いをされていたのも納得でき、相方の苦悩を察して心痛い。

 

かなり脱線した。

 

まとめ

罪と距離を取ることを意識していないといつのまにか犯罪の中にいて常習犯になっているかも知れない。これが日常の中に潜んでいるに違いないことはテレビの中で展開された通りである。

そして、健常な頃に抱いていた罪悪感は、そこに溺れている人にはもう思い出せない。

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ココナラ

 

糖尿病は人間のセーフモード

糖尿病は人間のセーフモード

糖尿病なのに太っていないことを意外と感じる人もいる。しかし何も不思議ではありません。

 
これ以上太らないようにする働きが糖尿病だからです。

 

 

糖尿病は人間のセーフモード

ここで糖尿「病」という言い方をすると、異常で好ましくない体の反応、と捉えられてしまいまそうですが、糖尿病ではなく体の危険に対応している働きということで、「緊急血糖コントロールモード」と勝手に名付けてみます。

とはいえ緊急血糖コントロールモードは好ましい状態ではありません。肥満に陥るよりはマシだから色々なことを犠牲にしてこのモードにシフトせざるを得ない状態であり、エラーを解消して緊急モードは解除されるべきです。

 

糖尿病(緊急血糖コントロールモード)はどんなモードなのか

コントロールモード糖尿病

冒頭で言ったように、糖が体に入ってもこれ以上太らないようにするモードという事になります。

糖を摂り過ぎたことで、

  • 糖をとっても脂肪が付かないように体が変化する。
  • これ以上糖を取らないように工夫する。

というモードが糖尿病といえます。

 

糖がどのように脂肪化するかとちょこっと説明しなきゃいけません。

糖が体に入って血液中に漂ったときにインスリンが分泌されて細胞に運ばれて代謝します。これならエネルギーになるだけでOKですが、代謝しきれないと糖は脂肪細胞に運ばれて脂肪になってしまいます。

糖で肥満になるのはこういうことです。内臓脂肪として体に「ある程度」蓄積されるのは飢餓との闘いを生き抜く上ではありがたいですが、摂り過ぎて太ってしまっては体が重すぎて関節に障害が起こったり、がんのリスクや心筋梗塞や脳卒中と危険が次々と訪れます。体は行き過ぎた肥満を近づけないために、セーフモードに突入するわけです。

 

しかし、セーフモードというだけあって順応ではなく一時対応です。太らせないようにする反応の裏には、次のように大きすぎるデメリットを伴います。

 

糖尿病(緊急血糖コントロールモード)とそれが含むデメリット

単純に排出する機能

血液中に糖が余って、体外に排出しないといけない

腎臓に働きかけて尿中に糖をたっぷり溶かし込んで排出

腎臓に負担・腎臓の血管が傷ついたり硬くなって腎臓の働きが鈍化

 

糖を食べさせないようにする機能①

余った糖がインスリンによって脂肪化されないように、インスリンの働きを悪くする。

→糖が余っていても細胞に取り込まないようにする

末梢神経にダメージ、しびれ、麻痺

壊疽(もう甘い物を手に取るな、取りに行くな)

 

糖を食べさせないようにする機能②

→糖が余っていても細胞に取り込まないようにする

→血液中の糖が網膜の毛細血管を傷つける

失明(もう甘い物を見るな)

 

このように緊急血糖コントロールモードの伴う弊害は大きすぎるものです。しかし体は肥満になることよりはこういった弊害の方がまだマシ、と緊急判断し、モード移行を選ぶのです。肥満になることはそれほど体をいじめることなのです。


糖尿病(緊急血糖コントロールモード)解除はどうすればいいのか

糖尿病緊急モード解除の方法

糖尿病を薬で治そうとすることも実際ありますが、上手くいかないことも多いようです。 糖を危険と判断した体が、わざわざ緊急血糖コントロールモードにわざわざ移行しているわけです。薬で、インスリンの働きを促したり増やしたりしたとしても、体はそもそもそうなりたくないから緊急血糖コントロールモードに入ったわけで、治るはずがありません。例えばインスリンを増やして血糖を細胞に運ぼうと強制しても、体はさらに肥満になる危険を察知し次なる手で反応します。これではまた体にストレスがかかってしまいます。

モードに入った原因のエラーを解消しなくてはいけません。

 

そもそも血液中に糖が多過ぎるほど摂っていたからなわけで、

 

摂らない
→糖質を減らす。

 ダイエットに必要な原則2つと習慣3つ【簡単です】

中毒性のある食品

 

血糖の代謝をする①(血糖コントロールを取り戻す)

→空腹時間を確保する。

愛と空腹があなたを救う

ダイエットのために空腹の時間を大切にしよう

 

血糖の代謝をする②(基礎代謝をあげる)

→筋肉を鍛える。 

有酸素運動をすべき人[筋トレに加えた積極的脂肪燃焼の素質はあなたにあるか?]

運動する時間帯は夜が最適、しかし食事時間の規則正しさが必要条件


これです。

 

最後に

糖尿病自体を治すというよりは、健康的な生活習慣を身につけてゆっくりゆっくり改善していくのが良いと思います。エラーの解消は時間がかかります。だからこそ慌てたり結果が出ないことを気にしたりしていては継続できません。

ゆっくり、気負わず、気に病まずやりましょう。

 

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痩せたい人の増加と出生率の低下は関係あるんじゃないか説

痩せたい人の増加と出生率の低下は関係あるんじゃないか説

ただ痩せたいというモチベーションだけでダイエットをすることでは痩せ習慣には繋がりにくいと、私は考え至りつつあります。いろいろな視点でダイエットを考えることが、健康的な習慣が身につきやすいマインドが身につくような気がしているのです。

 

 
出生率の低下とダイエットモチベーションの相関関係の着想

出生率の低下とダイエットモチベーションの関係



少子化は日本だけではありません。ヨーロッパ諸国は改善が見られていることが多いとは言え、アジア諸国を探せば出生率が低下している国はボロボロ出てきます。

出生率は生物として生き残る能力に直結するから、そのまま生命力と言い換えて差し支えないのではないと思います。出生率が落ちている先進国や経済急成長している国の国民は「生命力」を失いつつあるのではないかと私は不安です。

そして、出生率の低下を考えれば考えるほど「人が太りたくない理由」と関係あるような気がしてならないのです。

 

 

生命力を欠いている日本人

各国の出生率の推移

出典:内閣府


生命力という言葉はどういう時に使われるでしょうか。

単純に生きる機能のことを言うのではなく、絶命しそうな状態から生還したときなど、危機を乗り越える時に使われます。飢えや寒さ、病気など生物として危険な状態のときに湧いてくるのが生命力。例えば人間では、技術力や物流で飢えから守られ、住居や衣服などで寒さから守られ、医療や薬などで感染症から守られる生命。様々な工夫による保護がなくなり裸に近くなった「生命」が、それでも存続出来るように振り絞る底力が「生命力」なのでしょう。

 


飽食が生命力を弱らせている

 
日本人の生命力は飽食の社会の中で、弱まりきっています。冒頭で言ったように生命力の低下は出生率の低下という形で日本人を苦しめています。例えばアフリカや南米では出生率4.0以上の国がほとんどであるのに対し日本やヨーロッパでは1.5にも届きません。出生率2.0でかつその子が生存したとして人口を維持できるわけだから、それ以下では人口の減少には歯止めがかかりません。

豊かで無い国の出生率の高さは生命力が高く、経済成長著しい国や先進国は生命力が低いと言えます。

 


精力、性欲減退

 出生率の話をするのであれば、精力、性欲の話もしなくてはならないでしょう。

 


たんぱく質不足

精力が低下しているのは、摂取たんぱく質量の減少を見て想像がつくわけですが、経済が豊かになり食品の品目数も確保しやすい中で肉や魚などのたんぱく質が不足してしまうことなどあるのでしょうか。

これにはあいつのことを思い出さなくてはなりません。コレステロール摂取量と心臓病発症率の相関関係を偽装して論文発表、「TIME」に掲載され、先進国をはじめとして世界中に「コレステロール=悪」の脳内図式を植え込んでしまったアメリカ生理学者アンセル・キーズのことであります。彼のせいで動物性脂質への抵抗感は未だに人々に残り脂質やたんぱく質不足の傾向をもたらしている原因の一つだと思うのです。

 

このたんぱく質不足により筋肉量減少した人々が肥満が悪化しただけでなく精力減退し出生率低下を呼び込んでしまっているのではないでしょうか。

 


糖質依存

途上国と先進国の食事の大きな違いには前項で言ったたんぱく質量のほかに、糖質の量がある。先進国は全体として糖質過剰摂取しています。

脳内麻薬様物質のエンドルフィンの分泌で幸福感を得られるのは良いが、人間の欲求充足の大半を糖質摂取で事足らせてしまい、性欲満足に頼る必要性が薄くなってしまっているのではないでしょうか。

性欲減退には糖の入手が手軽になっていることが一枚噛んでいると思えてならないのです。

 

 先進国と途上国を比べどちらが、美しい体をしているか

アフリカ女性



飢餓を求めるのはおかしなことである。しかし飽食より飢餓状態の方が健康的にまた美意識的に正解なことは認めざるを得ません。

なぜなら先進国から見れば途上国のすらっとして筋肉質な体は喉から手が出るほど欲しい肉体なのです。

 


では日本人はどうしたら健康で美しくなれるのかというと、

  • 空腹状態をきちんと作る
  • 糖の制限をしてたんぱく質を多く取り、筋肉を鍛える

これらにより生命力を呼び起こすことです。

 

 

筋肉を鍛え、かつ空腹時間を大切にすることが生命力の維持つまり出生率の改善の助けになるのです。

 

 

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「甘えの構造」を知るYouTuber「ゆうしゃ」

甘えの構造とゆうしゃ

 

 

「甘え」の構造

 

精神科医で精神分析学者の土居健郎氏がそこで甘えるという行動の評価をしてその切り口が行動心理学や精神分析学の分野で賛否共々大きな反響を読んだ。2007年まで新稿の追加を続けながら増刷を続けてきたロングセラー本だ。甘えに当たる言葉が他の言語に見当たらないことから着想し、日本人が集団内で調和を重視する心理をもっていて、封建的・縦社会的・他者本位的な日本人文化から起因しているとした「甘え」を日本人特有のものと提起している。

 

この甘えは非言語的な行動であり、甘えている本人はそのことに意識することはまずない。甘える自覚なく甘える人が大多数である。その無意識に甘える時には潜在的にはどのような心の動きをしているのかと考えると、相手の自分への好意を分かっているために相手にとって自分との関係性をつなぎ止めておくことのメリットがある場合や、完全に身内の間柄である場合などに甘えることが出来る。完全に無関係の人と身内では言葉遣いや気の張り方が違うのは、接する際に甘えられるかどうかに差があるからである。

このように非言語的な甘えは、自覚することはまず無く甘えられている側も意識することは無い

 

ここで唐突だが、ゲーム実況YouTuberの方を一人紹介させていただきたい。

 

YouTuber「ゆうしゃ」の凄さ:行動分析力


#4【雑談オンリー】人が呼べる雑談配信を目指す【2018/1/24】

 

ゆうしゃ氏はフリーランスで生きる30代後半男性。

上に貼り付けたのは約2年前の動画でオフ会感想雑談の生配信の動画なので、これに関しては一見さんが見て面白いものではない、とはっきり言っておくが見ていただきたいのがこの中の終盤の終盤、1:03:45からの締めの発言である。

 

オフ会参加者に対し、参加しなかった人に比べた優遇を今後も一切しない。そこにオフ会参加者を気遣った言葉掛けなどは一切しない。

 

と断言しているが、彼は続けてこう表現している。「あなたがたに甘える」と。

今後特別扱いをしないということを、オフ会参加によって自分との深い関係が生まれたリスナーに、甘えるという語彙を選んで宣言しているのである。

 

非言語的で無自覚に行われることが当たり前の「甘え」を、言葉で宣言して行えるという彼の自己行動分析力が表れているのが分かる。土居氏の「甘え」の定義や評価は当時反響があったほどで、漫然と生活しているだけではそれを自覚するなどありえない。それほどゆうしゃ氏は日常を明晰に捉えているということだ。

 

ゲーム実況者「ゆうしゃ」の魅力

そんな彼のYouTubeでの配信はゲーム実況が主である。ゲームの配分としてはレトロゲーム多めで、最新のコンシューマー機やPCゲーム、スマホのソーシャルゲームも扱う。彼の戦略は30代や40代ほどの所謂「おじさんおばさん」をターゲットに考えており、一番の厚い客層となるはずの10代の層をあえて捨てている。ゲーム実況者として中心的な存在の他配信者はキッズ層を狙った編集やゲーム選びをするので、チャンネル登録者数は確かにとんでもない伸び方をしている。しかしゆうしゃ氏は、中年層を狙ったゲーム実況に関わらずチャンネル登録者1万人を超えている。さらに中年層ファンの分別の良さとゆうしゃ氏の振る舞いの巧さにより、彼の配信のチャット欄やコメント欄は非常に落ち着いていて、他の配信者の羨望の的でもある。

ファン層の質の良さがファンの居心地の良さを生み、惹きつけて離さないのである。

 

視聴者の間で彼の魅力として必ず挙がるのがそのトーク力である。ゲーム実況者の多くはゲームの内容頼りだったり編集頼りであることが多い。ゆうしゃ氏の実況動画はほぼ無編集である。今後編集を入れていくかも知れないので私が勝手なことは言えないが、2019年2月時点で上がっている動画はほとんどがカットなしで録画したものである。無音声部分や盛り上がりに欠ける部分などをカットししゃべりの空隙をなるべく狭めて見やすくコンパクトに仕上げる編集は、おそらく他の実況者にはよくあるだろうし当然のことである。しかし驚くのは、ゆうしゃ氏のノーカットとは思えない実況音声の密度の濃さである。しかもきちんと実況音声として意味をなす発言ばかりである。

これを成せるののはトーク力によるものだけではない。マルチタスクの精度の高さである。彼のゲームをしながらのトークは、矢野顕子のピアノの弾き語りのような職人技である。

 

「ゆうしゃ」の動画をおすすめしたい人

やはり彼の狙っている30代以上の中年層には特にオススメしたい。彼の扱うレトローゲームのジャンルは多岐に渡る。というより全ジャンルを網羅している。

ファミコン・スーパーファミコン・初代プレステぐらいの時代にゲームに熱狂した思い出のある方は是非、友達か兄弟がゲームをしているのを隣で見ている感覚で視聴してみてほしい。

 


#1【実況】FCキャプテン翼2「ゆうしゃ、サッカー好きか?」【ファミコン/レトロ】

 


【実況】FC 桃太郎伝説 「つっこみどころしかない」 #1【ファミコン】

 


#1【実況】クロノトリガー「時間を超える」【PSアーカイブス】

 

彼のチャンネルに行くと、動画数の莫大さに驚くだろう。私は3年半以上のファン歴になるが同じ動画の再生リストをヘビーローテーションしすぎて(そういうファンも多い)全作品を網羅できていない。ゲームファンの方はきっと好きなゲームを彼のチャンネルの中に見つける。しかし見始めてみれば、扱っているゲームはどれであろうとのめりこめる彼の実況力と人柄にすぐに気付くだろう。

 

最後に 

彼はファンに囲まれる。そのファンは自分の力で集めた人たちであり、だから「甘え」られる。

自分が作った甘えられる人たちこそが、最高の財産だと彼は言う。

 

 

ともかくゆうしゃ - YouTubeに遊びにいき時間を忘れてみてほしい。

 

 

 

 

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ブログの色々な存在価値【勝手にブログ紹介】

ブログの存在価値

最初に言わせていただきますが今回はただの日記でございます。

私はダイエットや健康に関することをメインに取り上げて勉強しながら記事を書いております。ただほぼすべてのブロガーさんと同じくネタの捻出、時間の捻出、その辺が非常に自分の生活を圧迫してくるといいますか、簡単に言うと辛い、と思ってしまうことも多々あります。今日はtwitterを見て、いろいろつぶやいたりRTしたりして、気分的にブログは今日はお休みしようかしらと思ってたんですが、いや気楽に日記だけでもつづりますかいなとノートパソコンを開いたわけです。

 

夢を与えるブログの最たるもの

いろんな人のブログを観たりしていると、ブロガーはある意味夢を与えているよな、と思ったのです。以前もこのブログで触れさせていただいたブログですが、

www.buko-diet.net

この人なんか自分の夢を実現しようとしている過程をブログにしているのに、他の痩せたいと思っている人に夢を与えているとしか言い様がありません。

 

 

ヒントを置いて行ってくれる(と勝手に私が思っている)

またこのブログはなんだか等身大の成長をそのままメディアにしてくれてるようで、いやしかし相当先を進んでいる、そういう形の夢の与え方だと思うのです。

www.hatarakitakunai-kikankou.com

自分もやろうと思ったらできるはずの、いや出来なきゃいけないはずの努力を見せてもらっていてなんだか焦る。置いていかれる。

でも何かヒントを置いて行ってくれる、そんな感じです。

 

万人に届く秘訣を感じる

この方は絶妙に身近で役に立つことを、自分の目の前にポンって置かれる感じ。何で僕の痒いところ知ってるの?という不思議な感覚を覚えさせてくれます。

maki-is-simple.hatenablog.com

生活というジャンルをライトにかつ真面目に捉える、ミニマリスト的マインドがベースになっていると感覚が万人に届くんだろうなと感じます。

 

俺も見習え!

本当に丁寧にブログの記事を作り投稿してくださっている方。本当に参考になるし、なんていうんだろ、読む人への愛情を感じますよね。

www.sunao-hiroba.com

お前も見習え!って自分自身に何回言ったことか分かりません。

 

 

今日はブログ投稿するのやめよう!と開き直ったからこそ他のブロガーさんを紹介しようと思いました。ホントはもっともっと居ますがまたの機会しようと思います。

※ご迷惑でしたらリンクはがしますのでコメントください。

 

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公私混同はなぜ起こるのか[日本と欧米の「個」の違いから考える]

カルロス・ゴーン

横領、セクハラ、インサイダー取引その他汚職の類は引いて見ればすべて公私混同がなすコンプライアンス違反である。カルロス・ゴーン氏の金融商品取引法違反などが良い例になるかも知れない。

また犯罪発生率が低くトップ3の治安を誇る日本が、汚職の発生率ではトップ18位と、治安の良さの割には汚職の類だけは多いのだ。この理由は何なのか。

 

私は、調和を重視する文化・民族性を考えれば説明出来ると考えている。

 

 

なぜ公私混同は起こるのか。

なぜ公私混同は起こるのか

冒頭で調和を重視するマインドが公私混同を起こしやすいと提起した。このマインド下では、おおやけと個人の境目が曖昧になってしまうと考えたためだ。

とくに日本は仏教に影響されている。仏教の「個」に対する考え方は、信仰心が薄くても文化の中から自然と日本人の行動に反映されている。公私混同の起きる理由を知るのに、私(=個)のあり方をはっきりさせる必要がある。

 

日本の個の考え方

 個の存在はあるようで実は無く、必ず何かしらのつながりの中に個は存在する。

今自分がコーラを飲むのはある人に出会った影響かもしれなくてその人にはまたある人のおかげで出会ったかも知れない。それらは自分が学生時代に所属した部活で知り合い、その部活には入ったのはまた別のある人の助言によるかも知れない。そもそもコーラを作ったのも売ったのも人である。

個は個のようで、調和なしに個は存在しえないということである。

その影響か、日本における個は何かしらの団体に所属し、所属意識が強い。個を自立した個として考えるというよりもなにかに所属した個として振る舞う。所属する何かというのは一つではなく幾重にも重なった色々な大きさの円が重複した部分が該当の個である。数え切れないような無数のつながりで個はバランスを取っている。 

 

個の組織内外での振る舞い方に日本の公私の複雑さを見る

 日本での個は、知らずしてその所属(属性)というカテゴライズされた振る舞いをなしてしまう。会社員としての彼と近隣自治会の彼と世帯主の彼では同一人物でも振る舞い方をわざわざ変える傾向がある。責任は自己にあるようにみえて組織として見られるからである。属性と個は切り離されることはない。これは公と私に明確な区別がないということと同義となる。

「公」に対する「私」は、すなわち「外」に対する「内」である。しかし、「所属内」と「所属外」を比べると「所属内」が「私」であり「所属外」が「公」となる。これでは、個の所属先が個にとっての公なのか私なのか、条件によって切り替わってしまい公私の区別が曖昧になってしまう。ここで前提を繰り返すがこの曖昧さは調和を重視している思考ゆえ生まれていることを忘れないでいただきたい。

 

日本の個イメージ

欧米の個

 欧米の個を説明するためにあえて対立させて扱わせていただくが日本の調和と欧米の自由は、個を考える上で対立関係にある

 

自由をどう定義するか
  • 個を個としてみとめることが自由
  • 制限のないことが自由

とこんなところだろうか。別の記事でも書いた内容だが、個を個として厳密に扱うためにかえって自己責任の色合いを濃くし、落ちぶれた人に手を差し出すことも心を寄り添わせることもしない。正確には「それを善しとしない」と言った方が良い。個を個として認める意味合いの「自由」は、一人一人が単体で自立することが前提とされ、それが出来なければ生き残れない実力社会のベースとなる考え方である。個は自立し、個の振る舞いは所属先とは切り離されてなされるし、外からの印象の決定や評価も所属とは無関係になされる。つまり自己責任主義の色合いが日本より濃い。

 

 

 

日本と欧米の公私混同(個に対する考え方が日本と欧米で大きく違う)

日本と欧米の公私混同


日本では調和を自然と重視してしまうため公私の境目があいまいになり、公私混同は起きやすいと思われる。

しかし欧米は日本のそれに比べて公私混同による汚職等が少ないが、絶対数で少ないわけではない。

 

この理由を知るため、欧米で個と公が重なる場合を考えねばならない。

個人がある組織の重要なポストについた場合である。重要なポストの人間を表現するのにその所属の比重は当然大きくなる。組織中で重要なら重要なほどそう言えるし、組織自体が大きければ大きいほど同様である。外や内からの評価や自意識により公と個に明確な線引きがしにくくなる。

 

これが私の考える欧米の公私混同が生まれやすくなるメカニズムであり、日本がその犯罪率の割に汚職の発生率の高い理由である。

 

最後に 

文化的に公私の線引きが不明瞭となることに慣れていない欧米こそ重要なポストについたときの公私混同を自覚するに至りづらい。そのためカルロス・ゴーン氏の巨額の私的流用に自動ブレーキが作動しなかったのではないだろうか、というのが私見である。

 

 

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